動物愛好net

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Category: 歴史

1: 2020/07/02(木) 08:12:23.32 _USER
■デカン・トラップの意外な影響、「大どんでん返し」と研究者

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 白亜紀最後の日、直径約12キロメートルの巨大隕石がメキシコのユカタン半島付近に衝突し、地球の生命の歴史を変えた。

 それから6600万年後の現在、科学者たちがスーパーコンピューターを使い、何通りものシナリオにしたがって当時の世界を再現。鳥をのぞく恐竜を絶滅させた本当の原因、劇的な環境の変化に地球上の生命がいかに対応したかについて、最新の研究成果を6月29日付の学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表した。

 巨大隕石は、直径200キロ近いクレーターを作り、莫大な量のガスや煤、灰を大気中にまき散らした。空は闇に覆われ、巨大な津波が海を引き裂き、火の手が上がって周囲を焼き尽くした。数年後には気温が30℃以上も下がり、長く寒い「衝突の冬」が訪れた。これにより、地球上の生命の4分の3以上が死滅したと考えられている。

「ダンテの『地獄篇』が地球に起きたようなものです」と、今回の研究を率いた英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの研究員アルフィオ・アレッサンドロ・キアレンツァ氏は話す。

 チクシュルーブ衝突と呼ばれるこの巨大隕石衝突と同じころ、現在の南インドにあたる場所では、大規模火山群が噴火していた。デカン・トラップと呼ばれるこの火山群は、80万立方キロメートル以上の溶岩と大量の温室効果ガスを排出した。そのため、大量絶滅の原因は隕石衝突か火山噴火かという議論を、科学者は長らく続けてきた。隕石衝突説が多数派だったが、火山噴火がどれほど影響したかはよくわかっていなかった。

 キアレンツァ氏らは今回の研究で、さまざまな大量絶滅シナリオを仮定、気候条件を調整しながら古代の地球の気候を再現。そこから、鳥類以外の恐竜が暮らせない地球になったのは、隕石衝突のみが原因であると結論付けた。デカン・トラップの火山群は、地球を生命に適さない場所にするよりもむしろ、暮らしやすい場所にしていたという。

「この研究は、デカン・トラップが大量絶滅をもたらしたという説を葬るのではないかと思います」と、英ロンドン自然史博物館の古生物学者アンジャリ・ゴスワミ氏は語る。氏は今回の研究に関わっていない。

■大量絶滅の「真の原因」を追って

 現代の科学者たちは、白亜紀末の大量絶滅を解き明かすことで、短期間で過酷な環境に追い込まれた生物はいかに対応するのかを突き止めたいと考えている。「足もとを突然すくわれたとき、生物はどうするのでしょうか。それを解くヒントを得ることができるのです」と、米エール大学の古生物学者で、恐竜の絶滅に詳しいピンチェリ・ハル氏は語る。

 しかし、絶滅の原因について科学者の意見が一致しなければ、大量絶滅を本当に理解したとは言えない。

 ここ10年間の研究から、デカン・トラップが70万年ほどの間に複数回にわたって噴火を起こしたことが明らかになっている。問題は、それが大量絶滅にどう関与したかだ。

 地球の歴史上、特に規模が大きな大量絶滅は5回起きている。そのうち2回は、火山活動で排出された二酸化炭素による極度の温暖化が原因だ。史上最大の大量絶滅である2億5200万年前のペルム紀・三畳紀大量絶滅もそのひとつで、現在のシベリアにあたる場所で火山が噴火し、海洋生物の96%と地上の生物種のおよそ4分の3が死滅した。

 デカン・トラップは6600万年前の生命に、大きく2通りの影響を与えた可能性がある。1つは短期的に、火山が排出する二酸化硫黄が気温を下げ、酸性雨を降らせ、海や広範な化学サイクルに乱れが生じた可能性。もう1つは長期的に、火山が出す大量のCO2が温暖化をもたらし、世界の生態系を消耗させた可能性だ。

 2019年に発表された論文に、デカン・トラップ最大の噴火の年代を特定しようとしたものが2つある。その結果には、数万年のずれがあった。1つは隕石衝突の前、すなわち絶滅に影響した可能性があるとするもの。もう1つは衝突の少し後、すなわち絶滅には関係しなかったとするものだ。

続きはソースで

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/063000391/
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恐竜の絶滅にインドの火山が加担、2つの研究成果 隕石衝突と巨大噴火はきわめて近い時期
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1: 2020/07/01(水) 21:21:23.25 _USER
■高脂肪食や高い運動能力など独特な遺伝的特徴も判明

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もこもこの体毛にくるりと巻いた尾をもつグリーンランド・ドッグは、北極圏のツンドラ地帯が原産のそり犬だ。その遺伝的歴史を初めて深く掘り下げた最新研究によれば、世界最古の犬種かもしれないという。イヌの中でも、1989年に犬種となったばかりのラブラドゥードルなどとは違って、ハスキーやマラミュートなどを含むそり犬たちの系統は、少なくとも9500年前には確立されていた。

 イヌはタイリクオオカミから進化したと考えられているが、この変化がいつ、どこで起きたのかは大きな謎に包まれている。科学者たちはそり犬の遺伝的な特徴と位置づけを探るため、ロシア、シベリアのジョホフ島にある遺跡で発見された約9500年前のイヌのゲノムを解析した。

「実を言えば、これが現代のイヌの祖先的なものだとわかることを期待していました」とデンマーク、コペンハーゲン大学の博士課程に在籍する古遺伝学者のミッケル=ホルガー・シンディング氏は話す。氏らの論文は6月26日付けで学術誌「サイエンス」に発表された。

 だが明らかになったのは、現代のそり犬と9500年前のジョホフ島のイヌが共通の祖先をもつということだった。「つまり、すべてのイヌは、この時代よりも前に分岐していたということです」

 この発見は、「イヌの多様化に関して初めて確固たる年代」を示した点で非常に大きな意義をもつとシンディング氏は言う。これ自体が、イヌの家畜化の謎を解くにあたって重要な鍵となるからだ。

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■寒さへの適応

 古代および現代のそり犬の遺伝子を、他の犬種の遺伝子と比較したところ、北極生活へのユニークで興味深い適応ぶりが明らかになった。その一つが、高脂肪食で生き延びる能力だ。

「ヒグマとホッキョクグマの最大の違いは、ホッキョクグマは脂肪を多く食べるために特化した遺伝的適応を遂げているということです。そして、ほぼ全く同じ戦略が、そり犬にも見られました」とシンディング氏は説明する。

 このことは理にかなっていると言える。北極圏に暮らすイヌイットやトゥーレの人々や、彼らが飼育してきた働くイヌたちは、アザラシやクジラといった脂肪の多い海洋哺乳類を食べて何千年も生き延びてきた。

ジョホフ島のイヌのDNAは、現代のオオカミやイエイヌのDNAのほか、さらに古い3万3000年ほど前にシベリアに生息していたオオカミのDNAとも比較された。すると驚くことに、そり犬は他の多くの犬種と違い、過去9500年もの間、オオカミと交配していなかった。

 先住民の人々がイヌとオオカミのつがいについて記録していることを考えると、これはかなり奇妙なことだ。グリーンランド・ドッグのゲノムからオオカミと交配した跡が見つからなかったことは、交配で生まれた子がうまく生き延びることができなかったか、何らかの理由で人間が交配させなかったことを示唆している。

続きはソースで


ナショナルジオグラフィック日本版サイト
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/062900385/
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約6000年前の新石器時代の「愛犬」、人と一緒に埋葬 研究
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1: 2020/05/09(土) 17:16:25.56 _USER
■絶滅したホラアナライオン、バーバリーライオンなど20頭を調査

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 今から3万年前、ライオン(Panthera leo)はさまざまな亜種に分かれ、4つの大陸に広がって生きていた。なかでもホラアナライオンはよく繁栄し、現在のスペインからユーラシア大陸を横断し、北米のアラスカやユーコンまで分布していた。その姿は先史時代の洞窟壁画に広く描かれている。

 一方、アメリカライオンは、現生のアフリカライオンや絶滅したサーベルタイガーより大きく、北米全域とおそらく南米の一部にすんでいた。

 他にもアフリカ、中東、インドに多様な大きさや外見のライオンが生息していたが、大半がすでに絶滅している。しかし、科学者たちは遺伝学的な手掛かりを集め、絶滅したライオンたちに新たな光を投げ掛けるとともに、絶滅の危機にある現生ライオンへの理解を深めようとしている。

 アフリカライオンの個体数は過去150年間で20分の1以下に減り、現在は2万5000頭を下回っている。主な要因は狩猟と生息地の喪失だ。また、インドライオンはインドに約600頭が残るのみとなっている。

 残されたライオンを守るとともに、過去にいた多様なライオンたちの関係をより深く理解するため、科学者の国際チームがライオン20頭の全ゲノム配列を決定した。そのうち14頭はすでに絶滅したライオンで、カナダとロシアの永久凍土に保存されていた3万年前のホラアナライオン2頭も含まれる。

 5月4日付けで学術誌「Proceedings of the National Academy of Sciences」に発表された論文によると、ホラアナライオンは他の種類のライオンと交配していなかった。また、インドライオンは約7万年前に祖先から分岐したことがわかった。この論文では他にも、ライオンの進化の秘密が解き明かされている。

 著者の一人であるデンマーク、コペンハーゲン大学の遺伝学者ロス・バーネット氏は、「過去をのぞき込んで未来を知る」論文だと表現する。「現生のライオンだけを調べても、物語の全貌を知ることはできません」

■アフリカを出て世界進出

 今回の研究結果は、ライオンがヒトと同じように、複数回にわたってアフリカを出て枝分かれしたという説を裏付けていると、バーネット氏は述べている。

 論文によれば、約50万年前、まずホラアナライオンがアフリカの祖先から分化。その後、少し異なる特徴を発達させた。例えば、「ヨーロッパの立派な洞窟壁画を見ると、オスのライオンにたてがみがありません」とバーネット氏は説明する。ホラアナライオンはユーラシア大陸に広がり、北米大陸に進出した。

 だが驚くことに、遺伝子解析の結果、ホラアナライオンは、現代のアフリカライオンの祖先と交雑していなかったことが判明した。これは奇妙なことだ。というのも大型ネコ科動物は、たとえライオンとトラのように全く異なる種でもチャンスがあれば交尾することがあるからだと、論文の共著者でスペイン進化生物学研究所に所属するマルク・デ・マヌエル氏は話す。

 おそらく交雑を妨げる何らかの要因があったのだろう。ホラアナライオンとアフリカライオンの祖先はしばらくの間、西南アジアで生息域が重なっていたため、地理的な理由だけではなさそうだ。

 バーネット氏によれば、ホラアナライオンにたてがみがなかったことが一因かもしれないという。アフリカライオンのメスは、オスのたてがみを健康や生殖能力の重要な指標と認識している。そのためホラアナライオンのオスは、他の種類のライオンから繁殖相手と見なされなかった可能性があると、バーネット氏は説明する。

 約7万年前には、インドライオンの祖先がアフリカを出て分化が起きた。インドライオンはかつてサウジアラビアからインドにかけて分布していた。だが現在は、インド西部のギル森林国立公園に小さな個体群が残されているのみだと、米ノバサウスイースタン大学の研究員スティーブ・オブライエン氏は言う。

 保護活動のおかげで、インドライオンの個体数は1990年代以降、3倍近くまで回復したが、近親交配が進んでおり、遺伝的多様性が低い。その結果、インドライオンのオスは精子の奇形が多く、男性ホルモンのテストステロン値もアフリカライオンの10分の1程度だとオブライエン氏は話す。

 遺伝的多様性がさらに失われれば、個体群に新しい遺伝子を導入することが必要になるかもしれないが、政治的に難しく、論争を巻き起こす恐れもあるとバーネット氏は予想する。

続きはソースで

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/050800276/
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1: 2020/04/27(月) 22:35:55.19
 南極に生息する動物と聞けば、ペンギンやアザラシあたりが頭に思い浮かぶだろう。だが、かつてこの大陸は温暖な熱帯雨林におおわれており、暖かい環境を好む動物がいたのだ。

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 新しく発見された4000万年前のカエルの化石も、そのような動物の1種だ。

 『Scientific Reports』(4月23日付)に掲載された研究によれば、その化石は「南極で初めて発見された両生類」であるそうだ。

南極で発見された南米のカエルの化石

 ほんの数ミリのそれは、カエルの頭蓋骨と腰の骨の一部。現在でも南米アンデス山脈に生息している「ヘルメットガエル科」の仲間だと推測されている。

 化石が発見されたのは、南極半島の先端に位置するシーモア島。2011~2013年にかけて行われたアルゼンチンとスウェーデンの共同探検で採取された堆積物サンプルの中に含まれていた。

 だが、そもそもその探検で目的としていたのは、まだ暖かかった南極で生きていた哺乳類を見つけることだったのだ。予想外の発見に研究者も驚いた。

 島で採取された堆積物をふるいにかけながら、何か面白そうなものが混ざっていないか調べていると、意外や意外、そこに珍しいカエルの骨があったのだ。

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カエルの古代史の鍵となるか?生態系史の空白を埋める化石
 
 南極が超大陸パンゲアの一部だった三畳紀(およそ2億年前)のカエルなら発見されている。だが、それ以降の両生類の記録は、絶滅したものも、現生のものも含めてまったくない。

 新しく発見されたカエルは、5600万~3390万年前の始新世の時代を生きていた。南極がゴンドワナ大陸南部から分離したときにどのような生態学的な変化が生じたのか、まったく分かっていないが、この化石はその歴史の空白を埋めてくれるものだ。

 このときの移動で、南極では気温が低下し、氷河が広まった。そして低温環境に適応できなかった動物が絶滅した。茹でガエルの比喩とは反対に、カエルは凍りついて死に絶えた。

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かつて南極は生物多様性の中心だった

 たかがカエルかもしれないが、されどその存在が示しているのは、南極大陸が一時期は「生物多様性の中心」だったという驚きの事実だ。

 この発見からは、4000万年前の南極にはまだ温暖な森林と淡水環境が豊富にあっただろうことがうかがい知れる。

 そうした生態系は、もしかしたらこのカエルの近縁種が今も生きている南米の森林地帯に似ていた可能性もあるとのことだ。


http://karapaia.com/archives/52290239.html
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1: 2020/04/19(日) 13:18:54.77 _USER
(CNN) ギリシャで見つかったフレスコ画法で描かれたサルの絵について、実在する種の姿を正確に写し取ったものであるとの見解を研究者らがこのほど明らかにした。これらのフレスコ画は3600年前の青銅器時代にさかのぼるものだが、ギリシャやエーゲ海地域がサルの生息地ではないことから、サルが描かれた経緯は謎に包まれていた。

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実際にはその土地に住んでいない動物や架空の生き物が古代並びに中世の美術作品に登場するケースは以前から確認されてきた。中世の写本には、作者が本物を見たわけではないと一目でわかる動物の姿が描かれている。

ところが当該のフレスコ画のサルについては、作者が実物を目にした、もしくは少なくとも実物をつぶさに観察した人から話を聞いたうえでの作品であることは明白なようだ。新たな研究では、サルの特徴に関する描写がきわめて正確で、実在の種類を特定することも可能だと結論している。

研究によると、エーゲ海に浮かぶテラ島にあるアクロティリの遺跡から見つかったフレスコ画にはサバンナモンキーと呼ばれるオナガザル科のサルが描かれている。実物は丸みのある鼻口部と額に沿って生えた白い毛、長い手足と尾といった特徴で知られるが、フレスコ画の描写はこれらをすべて正確にとらえたものとなっている。

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またクレタ島クノッソスの遺跡から見つかったフレスコ画には、同じくオナガザル科のヒヒの姿が複数描かれている。実物の特徴である体毛のない鼻、くびれた腰、分厚い胸などは絵の描写の中に容易に見て取れる。

絵の中のサバンナモンキーが木に登っているのに対しヒヒは地面にいるなど、作品は両者の実際の生態も再現したものとなっている。

どちらのサルもアフリカ大陸の北東部を原産地とする。今回のフレスコ画の分析を通じ、当時のミノア文明の人々がアフリカの同地域と交流していたとする従来の学説は一段と強力に裏付けられたといえる。

実物と異なる青色で描かれたサルもいることについて、研究者らは当時の画家たちが色の分類上、青色を灰色や緑色などと同じ系統に属する色と考えていた公算が大きいと指摘する。ミノア文明の美術品では、魚のうろこの彩色にも同様の傾向が見られるという。

フレスコ画に関するこれらの研究論文は今週刊行の「アンティクイティー」誌に掲載された。

https://www.cnn.co.jp/fringe/35152485.html
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