動物愛好net

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Category: 歴史

1: 動物愛好net 2020/03/30(月) 18:35:55.44 ID:CAP_USER
■専門家が不思議に思っていた「驢鞠」、ついに証拠が見つかる

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ポロは「王たちのスポーツ」と呼ばれる。馬に乗った出場者がチームを組み、球を打ってゴールに入れるこの競技は、刺激的な娯楽として何世紀にもわたり王侯貴族たちを楽しませてきた。

 しかし、ポロを愛好する資産家たちは、必ずしも馬に乗っていたわけではない。最新の研究により、古代中国の貴族の女性はロバにまたがってポロを楽しんでいたらしいことが分かった。その熱中ぶりは、大切にしていた「愛馬」たちと共に葬られるほどだった。

 このほど、中国と米国の研究者たちが、考古学の学術誌「Antiquity」の最新号でこの発見を報告した。「驢鞠(Lvju)」と呼ばれた、ロバによるポロが行われていたという初めての物的証拠だ。ロバによるポロに関しては、当時の文献や絵画には記録されていたが、これまで考古学的な資料が確認されたことはなかった。

 ポロは、中央アジアの遊牧民の間で生まれた馬上の遊びから発達したと考えられている。約2400年前の中国には、ポロの原形が存在したことが考古学的証拠から分かっているが、この競技が大きな盛り上がりを見せたのは、その1000年後の唐(紀元618~907年)の時代だった。

 馬を使ったポロの記録は、唐の美術や文学作品において数多く見られる。また、唐代の墓には、霊廟の壁画や陶磁器の小像など、ポロに関わる遺物や美術品が多い。だが、この時代を専門とする学者たちは、ずっと不思議に思っていることがあった。古代のポロを描いた中に、馬ではなくロバと思われる動物が、競技場で驢鞠と呼ばれる競技を繰り広げる姿があるのだ。

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「中国の絵画には女性を描いた例がたくさんあります。高い地位にあると思われる女性たちが、ロバに乗ってポロに興じているのです」と話すのは、米国フロリダ州にあるポロ博物館の広報担当、ブレンダ・リン氏だ。

■荷役用? それともポロ用?

 今回、唐代にロバを使ったポロが行われていたという初の考古学的証拠が見つかったのは、中国の西安で878年に亡くなった貴族の女性、崔氏の墓だ。近年になって考古学者が墓を開けたところ、埋葬から現在までの間に盗掘に遭っていた。

 貴重な物はほとんど盗み出されていたが、石の碑文や鉛のあぶみ、そして一見価値のなさそうなさまざまな動物の骨など、残っている物もあった。ミトコンドリアDNA解析から、崔氏と共に埋葬された動物たちのうち、少なくとも3体はロバだと判明した。(参考記事:「中国 死者の世界」)

 このロバは荷を運ぶ役目だったのか、それともポロに使われていたのか。解明のため、研究チームは骨を分析した。まず放射性炭素年代測定法で、ロバは崔氏と一緒に埋葬されており、後の盗掘者が置いていったのではないことが確認された。さらに同位体分析で、キビなどの雑穀と思われる植物を豊富に与えられていたことが分かった。

続きはソースで

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/032600198/


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1: しじみ ★ 2020/03/14(土) 12:49:05.46 ID:CAP_USER
木造建築を食い荒らす危険生物として知られる「シロアリ」。

日本でもなじみ深い生物ですが、世界最大のシロアリの巣はどれくらい大きいか知っていますか?

ブラジル北東部の乾燥地帯にあるその巣の大きさは、私たちの予想をはるかに超えます。

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地上には高さ3メートルほどのアリ塚が無数に建てられているのですが、地下に広がる総面積は、なんと日本本州の大きさにも匹敵するというのです。

また、アリ塚から採取した土のサンプルを調べたところ、最初に建築が始まったのは約3280年前で、その後の増築は690年ほど前まで続いていることが分かっています。

歴史やサイズを含め、間違いなく世界最強の「シロアリ帝国」と呼べるでしょう。

しかも、帝国はいまだ滅びておらず、シロアリたちが現在も住んでいるのです。

■アリ塚は2億基以上!

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専門家が地上調査および衛星画像のデータをもとに算出した結果、アリ塚は全部で2億基を超えることが判明しています。

アリ塚そのものは巣になっておらず、シロアリは住んでいません。それらは、シロアリが巣を掘る時に運び出した土からなっています。

続きはソースで

https://nazology.net/archives/53598


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1: しじみ ◆fbtBqopam767 しじみ ★ 2020/02/06(木) 10:39:55.14 ID:iLtO7OAQ9
 約6600万年前、隕石(いんせき)衝突で大量絶滅が起き、恐竜がいなくなった世界で哺乳類の台頭が始まった。その移行期を詳しくたどることができる新しい化石群が、いま注目を集めている。変化は意外なほど速やかに進んでいたようだ。
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 大量絶滅を起こしたのは直径約10キロの巨大隕石。メキシコのユカタン半島近くに衝突し、大量の粉じんなどが舞い上がった影響で日射量や気温が大きく低下したとみられ、種の数で75%の生物が姿を消した。地球史でも大きな出来事で、中生代白亜紀と新生代古第三紀を分ける「K/Pg境界」と呼ばれる。

 この環境激変を境に、長く続いた恐竜の時代が終わり、今につながる「哺乳類の時代」が始まった。

 哺乳類は中生代に登場していたが、恐竜のかげでひっそりと暮らす存在だった。大量絶滅を生き延びたのも、ネズミのような姿で体重600グラムに満たない小型種だけだったという。わずかな食べ物で命をつなげたからだと考えられている。

 大量絶滅の後、哺乳類はどのように姿を変えていったのか。注目されているのが、米コロラド州のコロラドスプリングス近郊にある「コラールブラフス」という化石産地だ。隕石(いんせき)衝突の約10万年前から約100万年後までの地層が露出している。
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 州都にあるデンバー自然科学博物館のタイラー・ライソン研究員(古脊椎(せきつい)動物学)たちは、2016年からこの地層を調査し、多くの哺乳類の化石を見つけた。しかも、複数の火山灰層や地磁気逆転の記録、花粉や胞子など、年代決定に役立つものがいくつも含まれていた。

 年代と化石を結びつけると、時代を追って哺乳類の種の多様性が徐々に増すとともに、大型化が進んでいった様子が手に取るように分かってきた。

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 隕石衝突から約10万年を過ぎたころから、推定体重が数キロはあるロクソロフスなどが登場。30万年後には約25キロのカルシオプトゥクス、さらに約34キロのタエニオラビス、そして70万年後には50キロ近いエオコノドンが出現した。 


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1: サンダージョー ★ 2019/12/09(月) 18:51:18.99 ID:CAP_USER

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191206-00000009-jij_afp-sctch  

【AFP=時事】人間を含む現代の哺乳類が鋭い聴覚を持っているのは、中耳内に微小な3個の骨、耳小骨(じしょうこつ)があるおかげだ。哺乳類の祖先には耳小骨がないが、この変化がいつの時点で起きたかは不明のままだった。

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 この遷移段階を、現在の中国北東部にあたる地域に1億2500万年前に生息していた新発見の原始哺乳類の化石で確認したとする論文が、5日の米科学誌サイエンス(Science)に掲載された。今回の研究成果について、研究者らは古生物学分野における画期的な節目として歓迎している。

 爬虫(はちゅう)類は顎を、物をかむためと、外の音を振動を通して脳に伝えるための両方に使っている。哺乳類の聴覚系はこれに比べてより精巧で複雑で、ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨の3個の骨が関与して人間の音楽鑑賞からイルカのエコーロケーション(反響定位)までのあらゆる音を処理する。

 聴覚系と咀嚼(そしゃく)系の「分離」によって、それぞれの系が互いに対して課していた身体的制約が取り除かれた結果、哺乳類は食性の多様化と聴覚の向上の両方を実現できたと、科学者らは仮説を立てている。

 論文の主執筆者で、アメリカ自然史博物館(American Museum of Natural History)のジン・メン(Jin Meng)氏は、今回の研究は白亜紀初期に生息していた原始哺乳類6個体の化石に基づいていると説明。中国主導の研究チームが「Origolestes lii」と命名したこの動物は恐竜と共存し、大きさと外見が齧歯(げっし)動物に近かったという。

 研究チームは今回、高解像度CTスキャンや他の画像化技術を利用して保存状態の良い化石標本を調査し、聴覚に関与する骨と軟骨の構造などを含む細部の特徴を明らかにすることに成功した。その結果、より初期の種では骨と骨の接触がみられないことが分かった。

「今回の研究では、仮説に同調する進化時期の化石証拠を提供できた」と、メン氏は話している。


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1: しじみ ★ 2019/11/22(金) 08:45:05.48 ID:P1XTawsa9
古代エジプト人は、およそ紀元前650年〜前250年の間、驚異的な数のトキのミイラをトト神に供えた。トト神は魔法と知恵の神で、体は人間、頭は長いくちばしを持つ鳥の姿で描かれる。

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 古代エジプトのネクロポリス(ギリシャ語で「死者の町」。大規模な墓地を指す)では、文字通り何百万体ものトキのミイラが見つかっている。それらは、病の治療や長寿、さらには恋の悩みの解決を願ってトト神に捧げられ、埋葬された。

「私はよく、キリスト教の教会で灯されるろうそくになぞらえます」と英オックスフォード大学の考古学者フランシスコ・ボッシュ=プーチェ氏は話す。同氏は、ドラ・アブ・エル=ナガのネクロポリスから数千体のトキのミイラを発掘してきた研究チームの一員だ。「(トキの)ミイラを捧げると、神は願い事をするあなたの存在に気付くのです」

あまりにも数多くのトキのミイラが作られたため、古代エジプト人たちはトキ、具体的にはアフリカクロトキ(T. aethiopicus)を、大規模飼育場で意図的に繁殖させていたのだろう、と多くのエジプト学者は考えてきた。この従来の説は、大規模な鳥の飼育活動があったことを示す考古学的な証拠や文書により裏付けられてきた。

 しかし、11月13日付けで学術誌「PLOS ONE」に発表された論文は異なる説を提唱している。ミイラにされたトキは、実際には野生のトキを捕獲したものが大半で、飼育されていたのは、供物にする前の短期間だけだった可能性があるという。

 今回の論文は、古代エジプト人がどのようにしてこれほど大規模にトキを調達したのかについて、新たな洞察を与えるものだ。古代の動物ミイラ産業に対する研究者の考え方に影響を与え、アフリカクロトキが最終的にエジプトで絶滅した経緯と原因の解明に役立つ可能性がある。

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■遺伝的に多様だった

 今回の研究では、豪グリフィス大学オーストラリア人類進化研究センターの古遺伝学者サリー・ワセフ氏の主導で、紀元前481年頃のトキのミイラ14体のDNAが調べられた。14体は、サッカラ(150万体を超えるトキのミイラが出土)やトゥナ・エル=ゲベル(約400万体が出土)を含むエジプトの6カ所の地下墓地から発掘されたもの。ミイラのDNAは、エジプト国外に生息する現代のアフリカクロトキの遺伝子サンプル26個と比較された。

 DNA分析の結果、古代エジプトのトキのミイラは、現代のアフリカに生息する野生のトキと同じくらい遺伝的に多様だったことが明らかになった。もしトキを大規模に飼育・繁殖させていたのなら、現代の養鶏産業に見られるように、世代を経るにつれ遺伝的多様性が失われ、ありふれた病気にもっと感染しやすくなっていただろう、と論文は主張する。

「遺伝的に多様なことから、今日の養鶏場のような施設で長期的に飼育されていたとは考えられません」とワセフ氏は言う。実際にトキが飼われていたとしても、供物にされる前の短期間だけだったはずだ、と同氏は付け加える。

 だがボッシュ=プーチェ氏は、トキを実際に飼育下で繁殖させていたはずだと確信している。トキのミイラには、現代の飼育下で遺伝的多様性を失った動物と同じように、骨折や感染症が治った跡が見られるからだ。このように負傷したり病気になったりした鳥は、野生の環境で生き抜けなかっただろうと、同氏は言う。なお氏は今回の研究には関わっていない。

 紀元前650年〜前250年のエジプト全体が、言わばミイラ「工場」のようなものだった、とボッシュ=プーチェ氏は言う。「成体になる前の動物の赤ちゃんですら、ミイラにしていました。膨大な量のミイラを必要としていたのです」

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今回の新たな知見を踏まえた氏の見解はこうだ。つまり、トキ飼育場はやはり存在しており、そこで与えられていた餌に野生のトキが引き寄せられた。そのため古代エジプト人は、トキを簡単に大量捕獲でき、飼育・繁殖では足りない分を補っていたのだろう。

「エジプト中の異なる遺跡から何百万体も見つかっているのです。野生のトキを狩ることだけに頼っていたとは、私には思えません」と同氏は話す。

続きはソースで

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/111500663/


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